いちばん星ブログ
神戸あんざんアカデミーの日常をお届けします。
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心を開くは話を聞くこと
もう何年も前の事、
いつもイライラしている子がいました。

あるときイライラした表情、
口を尖らせ、ブツブツと言いながら
壁を蹴って怒りを表していました。

「どうしたの」と聞くと、
「掃除当番で自分はきちんとしていたのに、
 他の子がしていなかったから、
 『掃除しろ」と言ったら、
 喧嘩になった。
 それで僕が悪い。と僕だけが先生に怒られた」
M君はその時の事を先生に伝えたけれど、
信用してもらえなかった。

日頃からイライラしている様子のM君なので、
先生は、M君の話を受け入れなかったのでしょう。
 
私は、授業の最後にその子を一人残し、
話を聞いていると少しづつ落ち着きましたが、
心の中のイライラは抜けるものではありません。

「M君のイライラが抜けるまで、先生にぶつかっておいで」と、

私は両足を踏ん張って腰を低くして構え、
M君は何どもぶつかってきて、
「先生もうええわ、もうう疲れたわ」
それでも
「ここ(胸)にイライラが残っているでしょう。
 ここ(胸)がスッキリするまで、ぶつかっておいで」と、
ぶつかりを繰り返し、
走ってくる足がよろめき倒れるようになると、
「先生、もううええわ、もうええわ」
笑顔で弾むような口調になり、

私は、M君に言いました。
「気に入らないことがあったからって、
 人と喧嘩したり、壁を蹴ったりしたらあかんよ。
 先生がM君の事聞いてくれなかったら、
 校長先生にお話を聞いてもらいなさい。
お父さん・お母さんに聞いてもらいなさい。
 イライラしてお話しても、
 何を言ってるのか分からないよ、
 ちょっと気持ちを落ち着けてからお話をするのよ。
 明日の朝、学校に行ったら、
 自分が悪かったことは謝りなさい」


子供(人)が話したくなったら、しっかりと聞いてあげることで、
安心でき、傷ついた心も癒されるのだと思います。

M君の日頃のイライラは、
この子はこんなんだからという先入観がM君にも伝わって、
感情でしか表現できなかったのではなかったのかな。
と思います。


子供たちの悲惨な事件を見るたび思います。


子供だけではなく大人でも
きつい言葉、もう聞いても同じだと
話を聞いてもらえず、言葉を遮られることの辛さ。
伝わらないほどに不安で心は傷ついていくのだと思います。
どうして伝わらないのかな?って
そして、自分の気持ちをきちんと言えない自己嫌悪感に苛まれる。

会話とはお互いを思って交わす言葉。
子供(人)の話を聞く耳・聴く心を持ち、
折り重なった様々な感情を少しでもクリアにし、
悲しいことが防げることを願い、祈ります

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去年、今年、これからは?
きょ年、暗算2きゅう合格したのでうれしかった。

今年の夏、F2をうけて、合格したのでよかった。

そろばん3きゅうをうけて合格したいです    りさちゃん



りさちゃん


大工さん
ご近所の新築・リフォームも殆ど完成

神戸あんざんアカデミーの
リフォームをしてくださった大工さんは、
ベンチを作ってくださったり、
プランターに花を植えてくださったり、
上手に花が咲かず、土のままで置いていたら、
いつの間にか造花を飾って下さっていたりして、
ベンチでは、子供たちや保護者の方、道行く人
シニアの方は「ここがあるから助かるんですわ」と、
ちょっと休憩されたり。
プランターは目に気持ちに優しくて、

私達の思いを酌みとって、
何かあると直ぐに対応して下さる、

細やかな気配りとスピーディーな対応
気持ちの良い挨拶が、
依頼者の住空間の期待に応えるだけでなく
心身の期待に応える家づくりを実現する


のだと有難い思いです。




夏の人気者!
かなちゃん

かなちゃん


かなちゃんはセミの抜け殻を手のひらに沢山のせ、
鼻の頭にものっけて教室に入ってきました。
ちょっと笑顔でかなちゃんの鼻の頭を見る子
あれれ?と不思議そうに見る子

そんなみんなの中で、
かなちゃんは平然としていて、

その鼻の頭のまま、
サッサッサと描いて

「先生、あのね。
 セミが抜け殻から出ようとして
 足が引っかかって 出れなくて
 死んじゃってん。
 セミ天使になってん
 本当やで、そこにいるから持ってこようか」

思わず「いやいや、持ってこなくていいよ、
    そこにおらしてあげて」

描く絵のリアルさは
セミが好き、虫が大好きな
かなちゃんの気持ちの表れ、
慈しみ

子供のことば
朝からの練習に

はやーくからやって来たかなちゃん

「あら!かなちゃん、はやいね」と
教室に一緒に入って、
かなちゃんが

「あのね先生、早く来て
 一人の時おもしろないから
 ガラスの前で、ガラスに写った人と
 一人 ジャンケンしてたら
 ずううと、あいこ ばっかりで
 ぜんぜ~~ん おもしろなかった」


「あらら、ガラスに写った人とジャンケンしてたら
 ず~~~と あいこだったの。
 それはそれは おもしろいね」

二人でず~~と笑いました。
先生にプレゼント
じゅんえいくん  じゅんえいくん

はたけかいたよ たいよう くも やま

じゅんえいくん

強化練習は夏休み朝からですが、
大きな子の中で幼稚園のじゅんえいくんも参加しています。

ひと組目の練習が終わると、
「せんせい、これ、ぼくがね、かいてん
 これは山、これは土、これはお花、
 ここはな、木がいっぱいあるねん」と、
 手渡してくれた絵には
神戸の山並みを感じさせる緑あふれる山々。
広い茶色の土の上には、
プランターに植えられた赤いお花。
広い土の周りの緑の木々は
「木がいっぱいあるねん」
のじゅんえいくんの言葉から
木々がいっぱいの公園がイメージできます。
空には、大きな大きな真っ赤な太陽が二つ。

じゅんえいくんの思い描く絵には
緑あふれる自然と、
強烈な真夏の暑さを感じさせる、
自由で純粋な気持ちがあふれています


落ち着く店
P1030273榮エ輔 P1030266榮エ輔 

サイクリングの途中、
東灘御影で落ち着いた佇まいのお店「榮エ輔」があり入ってみました。
お店の中にはレトロなランプや、陶芸の器が飾られ、
地下の部屋も明るい採光が取り入れられ、
広くゆったりとした空間は癒されます。

スパイスの効いたキーマカレーとサラダを
お店の方が「目でも楽しんでいただきたいので」と言われ、
素敵な器でいただくと、
食事は目と舌、お店の空間・雰囲気
+お店の方のお人柄で味わい楽しむ

ものと実感しました。

カンボジアの子供たちのお母さん
P1030295甲南Today P1030296_甲南Today

甲南大学の甲南Todayに
It's KONAN Style
「第一線で活躍する卒業生たち」で、
カンボジアの子供たちのお母さんメヤス博子さんが
紹介されていて、
子供たちへのお母さんの思い、
孤児院運営・子育ての奮闘ぶりが伝わってきました。

スナダイクマエ孤児院の子供たちのお母さんは、
様々な状況でいた子供たちを
「どうすれば子供たちの心に寄り添えるのか」
そればかり考えて
「嘘をつかない」「ものを盗まない」
「一緒に暮らす人を大切にする」を言い続け、
反発されても個性として受け止め、
一人の人間として向き合っていく中で、
子供たちは、少しづつ変化し、
学校をサボっても見て見ぬ振りをしていた子も、
お母さん(メヤス博子さん)に相談するようになった。
現在では、卒業生が誇りややり甲斐を感じながら
社会人として自立している。
お母さんはそういう姿に大きな喜びを感じている。
とのこと。

「嘘をつかない」「ものを盗まない」「人を大切にする」
言い続ける言葉に子育ての原点がある 


と、カンボジアの子供たちのお母さんが教えてくれました。
スナダイクマエ絵画展
P1030285スナダイクマエ P1030287スナダイクマエ P1030288スナダイクマエ P1030284スナダイクマエ
甲南大学甲友会館で今日から29日の日曜日
毎日午前10時~夕方5時まで行われている
「スナダイクマエ絵画展」
左の絵から
「田舎のお母さん」「きょうだい」
「スナダイクマエの大ポスター」「調理のお手伝いの絵」

自転車のうしろに子供を乗せて走る「田舎のお母さん」の絵は
日本でも日常に見られる様子ですが、
お母さんの背を一生懸命持つ手に、
優しいお母さんを思う子供の心が感じます。

花の「きょうだい」
それぞれに違った個性を持ちながら
「みんな違って、みんな良い」と
お互いを優しい眼差しで見つめ合っているようです。

大きな「カンボジア・スナダイクマエ孤児院」のポスターは
絵画展後に大阪の市場に飾られるそうです。
「スナダイクマエの家族」が〇で包まれている様子は、
地球の世界の家族を表しているように思います。

子供たちの大好きな「調理のお手伝い」
テーブルには美味しそうな料理がいっぱいのっていて、
スナダイクマエ家族で一緒に食べる楽しさ幸せが感じられ、
幸せの原点はこういうことなのかなと
ジーンとくるものがありました。

みんなも、この夏休みに自分に出来る「お手伝い」をしてみてね。
そしてそれを続けてみてください。
お母さんが、
みんなのことを思って毎日どんなことをしてくれているのか
感じられると思います。

日本人ですが、
カンボジアのスナダイクマエ孤児院のお母さんメヤスヒロコさん。
大きな広いそして細やかな愛情で、大勢の子供の成長を見守っています。


「スナダイクマエ絵画展」に展示されておられた言葉を
少し紹介します。

【施設では日々の生活に関わる「お手伝い」は当番制になっています。
色々なお手伝いの中で子供たちが苦も無くやってくれるのが
「調理」ご飯を作ることです。
食事の基本はご飯・炒め物・スープで、
調理のおばちゃんがお休みの時は子供たちでします。
大きな子が小さな子によく噛んで食べることや
食べこぼしをしないように教えてあげたり、

食事の場は子供たちの成長を感じられる場ともなっているようです。

絵を描くときは楽しいこともあるし、
悲しいことを思い浮かべながら描くときもあります。
こんな気持ちを込めて描いた絵でカンボジアの文化や
景色や私たちの大好きな事をみんなに伝えたいです】

テーマ:生きる力 - ジャンル:学校・教育

すごく悔しい!
ぼくは、まだフラッシュは7きゅうです
でもぼくは、あとからならったこにぬかされて
すごく、くやしいです。
ぼくはその子をぜったいにぬかしてやりたいです。


てつろうくん

ヘルプとサポート
「教えすぎない」ということで、

金本先生の「ヘルプとサポート」の話があります。

魚を釣ってあげるのがヘルプ。
魚の釣り方を教えてあげるのがサポート。
手取り足とり教えていると、
100回教えても自分で考えることをしない。
自分で考えさすと、1回2回子供が考えて、
3回目には自分でできるようになる。
サポートは子供の生きる力を養うが、
現在は、社会のヘルプ化が進み、
ヘルプすることを我慢できない親がいる。

上の子が出来る子で、下の子が出来なかったら、
「こんなことではなかった」と思う。
人と比べることの何と無意味なこと。
そろばんは一回だけ指を動かすのを間違っても(×)間違いになる。
そろばんの持つ教育性は、点数だけでは見られない、
ちょっとした挫折感と充実感にあり、
これを何度も感じられるのがそろばんであり、
人より早くできたのが勝ち組、人より遅かったら負け組ではなく、
子供がサポートを受け努力することで、
自分で生きていく力を育て、
自分の中で正しく物事を処理できる子供達を育てるために、
親は待ってあげることが大切である。



2010年7月19日のブログ
指で導く
K先生が語ってくださいました。

「指導」って「指で導く」って字になっていますね。
人差し指は「人を導く指」。
この指を使って子供達はそろばんを練習しています。
「人を導く」ことは、
子供が自分で考え行動できる力を導き出してあげることで、
先生が一から十まで教えると、先生も沢山教えたような気がし、
子供たちも分かったような気がします。が、
先生が離れるとできなくなってしまう。

自分の意思で練習を重ね、問題を解き、
「自分でやってみた」「何ども繰り返し」「わっかた!!」となると、
子供は大きな喜びを感じることができ、
喜びは子供に自信を付け意欲を高めます。
私は、教えすぎないように心がけ、
子供たちが「自分の力でやってみよう」
という気持ちがおこるように手助けをし、
練習して帰るときに
「今日は良かった」「得るものがあった」と
思えるように導き、方向を指し示すサポートをしていきたい。

と思います。


そろばんを始めた時は・・・
7月11日 ぼくは、はじめてそろばんをならったときは
そろばんのことを「なんだこれいみがわからないものだな。」
と思いました。
さいしょはいみがわからなくてやめたいきもちもありました。
でも今はたのしくてそろばんをまだつづけたい気もちです。

てつろうくん


南三陸町立志津川小学校校長よりお手紙が届きました
20120713志津川小手紙
今年も、「東北地方の人たちへの手紙」を届けましょう。
とお願いしましたところ、
子供たちが応援メッセージや、絵を描いてくれました。
子供たちのあったかい思いが届きますようにと願いながら、
子供たちの応援メッセージや絵を
「きずな つなごう 神戸から」と書いた鉛筆と
一緒に南三陸町立志津川小学校へ届けましたところ、
志津川小学校加藤敬一校長より、ご丁寧なお手紙を頂きました。

お手紙には、プールで子供たちの歓声が聞こえ、
勉強や運動にも熱心に励んでいることが記されており、
学校での元気な様子を感じることができ嬉しい思いです。

でも、
「子供たちは仮設住宅から学校へ登校、
仕事も生活も大変で、
まだまだ復興には5年先何年先とかかると思いますが、
子供たちを見守って行きたいと思います」
とのお電話での言葉に子供たちの明るい未来を願う
先生たちの強い気持ちが感じられました。
試験の時・・・
しけんでうかるか、うからないか、どきどきしていたけども、
と中で、じしんがいっぱいになってきたので、
ぜったいにうかるとおもうと、心でおもいました。


あやかちゃん


はじめて合格した!
けんていで はじめてごうかくしたのがうれしかった

こうせいくん


初めての検定試験、合格しとても喜んでいます。
これからもがんばって練習にはげんでほしいと思います。

こうせいくんのお母さん


となりの人間国宝
東灘で工務店を経営し、
建築家・安藤忠雄氏・木原千利氏の建築も手がけた石井義啓さんは、
阪神大震災後再出発をかけた会社が、震災の煽りを受けて倒産。
50余年に亘る名門工務店の幕を閉じましたが、
お母様の死や様々な苦難を乗り越えて、
60歳の還暦を迎えてから、
「原付けバイク・スケッチの旅」を始められました。
テレビの「となりの人間国宝」にも出演されたとのことで、
オートバイにはそのシールが貼られています。

旅の様子は
「原付バイク・ スケッチの旅 還暦からの楽しみ 日本全国2万キロ紀行」
(夕月書房)から出版され、
「2009年度第12回日本自費出版文化賞」の個人部門で入賞されたとのこと。
その後にも、「原付バイク・ スケッチの旅 PART10」を出版。
旅先で描かれたスケッチ・手書きの文章は、
これまでに出会ったことのない温かみのある本です。

この秋から、
「ジジイライダー」のロゴが描かれたヘルメットかぶって
新たな旅を始められるとのことで、
どんな苦難があっても、何歳になっても生きがいを持ち、
進んでおられる姿に感動を覚えます。


本の帯びに記された文書は、
この本の・石井義啓さんのお人柄の全てを語っている。
と思います。


「還暦を過ぎ、ゼロからのスタートとなった道で、
 彼は地位やお金にとらわれぬ生き方を探るなか、
 原付けバイクの旅を思い立った。
 人と出会い、景色と出会い、
 ゆったりと風土を味わう旅は発見の連続だった。
 世間にいう成功だけが「人生」ではないことを学んだ。 
 この本は、彼の道案内で、居ながらにして日本全国を
 旅させてくれる。
 人生の豊かな楽しみに満ちた本である。」
 弁護士  藤原清吾  あいおい法律事務所


人生の道々で出会う素晴らしい人々との出会いは、
真っ正直に生きてきた証。

おてんばな思い出
おてんばな私は、
月光仮面がテレビではやったとき、
風呂敷をマントにして、壁に登って
「月光仮面だあ」と言って、塀から飛び降り、
駆けずり回っていました。
その頃は舗装されている道は少なく、
雨が降れば、水たまりができぬかるむ土でした。
土の道だから、塀から飛び降りても大丈夫だったのでしょう。

そんなぬかるみも、雨降りには長靴でピチャピチャと入っていき、
飛び散る露、ぬかるみの水の輪の広がりを見るのも愉しいものでした。

いちじくを取りに木に登り、おじちゃんに怒鳴らたことも、
言葉は怒鳴っているのですが、
おじちゃんの表情は「怪我せんようにな」「気をつけや」と
言ってくれているように優しかったのを覚えています。

こうして、昔は
よそのおじちゃんも、おばちゃんも、
よその子が悪いこと、危ないことをしたら怒り、
よその子の喜びは一緒に喜び、大げさに褒め、
子供たちは大人の目を身近に感じ、
見守ってくれていることを感じていたのです。




思い出(子供の頃の遊び)
他 にもいろいろ 思い出されます。
男の子は、ベッタンやビー玉遊び、
ベッタンは絵が描かれた5㎝ほどの長方形の段ボールのような質の紙を、
地面や階段に起き、他の子が手で持ったベッタンを勢いよく投げつけて、
地面や壁においたベッタンが裏返ると、
そのベッタンがもらえ、ベッタンが多くもらえた子が勝ち。

女の子は、輪ゴムを長くつないで「ゴム跳び」、
電信柱にゴムの端っこをくくりつけ、片方を誰かが引っ張って持ち、
引っ張られたゴムの高さを
他の子が、スカートをブルマ(昔のショウトパンツ)の
裾に挟んで勢いをつけて走って行って跳ぶ。
低い高さが飛べるとだんだんと高さが増し、
それに応じてジャンプ力をつけて跳び、
いちばん高いところまで跳んだ子が勝ち。

道路にチョークで円を描いて、
片足でケンケンと円を飛びパーで止まる「ケンケンパー」
鬼が壁などに目をつむって立ち、
パーで止まった時にサッと後ろを向き、
「パー」で止まった子が少しでも動いたのを見つけたら、
鬼が勝ち鬼の交代となる。ものだったと思います。

「缶蹴り」に「縄跳び」「かくれんぼ」
「はないちもんめ」「誰かさんが止まった」
「おじゃみ」「馬跳び」

たまにお人形をかってもらうと嬉しくて、
マッチ箱で作ったタンス、
お菓子の箱でテーブルに、
服は切れ端で作って着せ替え
外にござを敷いて遊んでいました。


子供達は外で遊ぶことが多く、
こうして子供が遊んでいて人や車がくると、
子供達はそれらを持って道の端っこにより、
人や車が通ってからまた遊びを続けるのです。
大人の人も、子供達の様子を優しい表情で見ていたものです。


私の子供の頃は、
子供達の遊びは外、遊びにお金は必要なく、
そこら辺にあるもので遊んでいました。
こんな、遊びを日がくれるまでしていたものですから、
自然と体力も付いていたのだと思います。

金魚売りの思い出
金魚売りは「きんぎょーえー、きんぎょー」と
透き通る声でいいながら、
長くて太い棒の先に金魚の泳いでいる大きな桶をぶら下げ、
トントンと軽く跳ねるように歩いていて、
上手にリズミカルに歩く姿を見るのも愉しみでした。
豆腐屋さんはパープパープと筒のようなものを鳴らし、
その音が聞こえると、お母さんが「お豆腐買ってきて」と、
お金を手に持たせ、お鍋を持って走って行き、
お豆腐を入れてもらいました。
竿竹屋さんは、
「さおだけ~・さおだけはいらんかね」と長い竿を何本も担いで、
「きなこにはったいこ~」ときな粉売りの人は家の縁側に腰をかけ、
籐の籠をあけ布で覆った缶の中から、
はったい粉を升で量って売ってくれました。
はったい粉は沖縄の黒砂糖を削って入れ、
お湯で溶いて混ぜおやつにしていました。
当時の黒砂糖は、煉瓦の形をしていてとっても堅く、
ノミと金槌で割って食べていました。
堅くてカルシュームが多く含まれ虫歯も防いでくれていたのだと思います。
黒砂糖と言うと思い出すのは、沖縄の人から時々頂くサトウキビも、
私たち子供のおやつでした。
サトウキビの皮を歯でむしりその汁を吸うととっても甘いのです。

次々とわき出てくる思い出のあのころは、
ゆったり穏やかな空気の中、
目に止め・耳を心を研ぎ澄まして
感じることが日常の中にありました。





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Author:神戸あんざんアカデミー



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