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いちばん星ブログ
神戸あんざんアカデミーの日常をお届けします。
親孝行って
【この母に、この娘・この娘に、この母】
のお二人にお会いし、私の父母に対する思いも相まって、


親孝行って、何だろう?
どれだけすれば、どうすれば、親孝行って言えるのだろうか?
と、ふっと思いました。


娘さんが静かに、言ってくださいました。
「そろばん教室は、お父様やお母様がされていたのですか?
それなら、その教室を受け継がれて、立派にされていることを、
お父様やお母様は喜んでおられると思いますよ。」


授業前のほんの数分の会話で、
胸の中、ポォーと温かくなり、心がホッと癒されました。
さえこ


神様が定めた、【この母にこの娘】
「お母さんと一緒の習い事がしたいので」と、
お義母様と娘(お嫁)さんが、
大人のそろばん教室に来られています。


その娘(お嫁)さんのお義母様に接する態度や言葉がとてもやさしく、
細やかな心配りも自然で、


お義母様は
「みんなに『娘さんですか?』と言われるので、『娘です』と言います。
こんなに出来た娘は世界で一人だけです。」
と、素敵な笑顔で言われます。


娘さんは、「いいえ、いいえ」と静かに首を振ります。


嫁・姑となるまで、違った環境の中にいた他人同志。
でも、お二人は、神様がこの母に、この娘(義・嫁ではなく)、
この娘に、この母と定めていたかのように、
お互いにお互いを思い、心を配る姿勢が身に付いています。
だからこそ、お互いの心が通じ、
こんなに心が温な関係を築くことが出来ているのだと思います。


私など、実の娘でも、これほどの気配りをする事が出来ていません。


私は、このお二人にお会いするたび、胸がいっぱいになります。
そろばんをしていたから、この様な素敵な方々に出会うことが出来たことを、
幸せに感じ、感謝の思いでいっぱいです。
さえこ

母の気持ち
実家に行った時には、掃除をし母と話をしてから帰ります。
時間が無い時には何かのついにでも、母に会いに行きますが、
ほんの少しだけ話をし直ぐに帰る時には、
母は、「あんたは、いつも直ぐに帰る」と、恨めしそうな表情を私に向けます。
私は、ちょっとしか母に会いに行けないときには、行かない方が良いのかと、
親不孝をしているようで、後ろ髪を引かれる思いでした。


1月6日、その日父も私も珠算界の新年会に出かけていました。
後日母に会いに行くと、
「お母さんあかんわ、何にも出来ないわ。」と繰り返します。
「お父さんが帰ってくるまでに、美味しい夕飯を作っておこと思って、
フライパンでステーキを焼いたのだけど、ステーキを裏返そうとするのに、
どうしても裏返されなくて真っ黒になってしまって、
それをお父さんが食べてくれた。
今までやったら、人のこともしてきたのに、お父さんのことも出来なくなって、
お父さんにしんどい思いばかりさすのやったら、もう寿命もいらないわ。」


実家には昔から、私達子ども達だけでなくいつも誰かがいて、
家族と同様に面倒をみていた母が、
「人に迷惑をかけるのだったら、人の役にもたたないのなら、もう寿命もいらないわ。」
と涙を流し繰り返します。

「長いこと人生を背負ってきたのだから、すこしづつ油が切れてくるのは、みんな同じよ。
ゆっくりでいいよ、お母さん。」
私は、ただ、そう言うことしかできませでした。
さえこ


はじめての全国珠算競技大会
 わたしは、全国珠算競技会大会に出たのは初めてです。

練習では、いつもは30点以上はとるのに、

本番では、26点ぐらいでした。

それは、応用算で小数点を書くのをわすれていたからです。

どう賞はとりたかったです。

でも、

次にこの競技大会に出るときは、賞をとりたいです。


ふくまゆちゃん

種目別段位選定全国大会に参加して
 わたしが、かいじょうにつくと、またすごい人ばっかりきていると思いました。
かけ算では、じしんがあったのに9点でした。
わり算は、10点でした。
列記も10点でした。
おう用算では、小数てんをつけることをわすれて、0点でした。
さいしょは、金しょうをとることだったけど、小数てんをわすれたから、29点でした。
すごくくやしかったです。
 だけど、全国大会に自分が出れるのは、すごいなぁ~と思いました。
全国大会やきょうぎ会に出てまたそろばんがうまくなるんだな。と思いました。
 わたしは、まえ珠算のほうがなかなかとれなくてくやしかったけど、
でも珠算がとれてよかったです。


  ねーももかちゃんより


種目別段位選定全国大会に参加して
 わたしは、習いごとの中で、すきなのは、そろばんと、バレエです。そろばんを習った理由は、
しゅう中力をつけるためでした。
 でも今は、そんなことはわすれ、どんどん段位をとることを目標にしています。
そして、そろばんを習ってしゅう中力もついたし、また、しゅう中力だけでなく、そろばんにどんどんなれました。
 習いはじめてから3年間、やっと、この、全国大会やきょうぎ会にでることができました。
その時からずっと大会やきょうぎ会にでました。大会やきょうぎ会にでる時は、練習ばかりで、とても
大へんだけど、賞をとりたいから練習するのであり、ただ行くだけなら、意味がないのです。
 また、賞をとるとうれしいいことがあり、練習をいっぱいしてもとれなかったときも、また次があるから、
そういうつみかさねで、だんだんいい賞(どう賞、ぎん賞、金賞)がとれていくのです。
何だって、「いっぱい練習するほどいい点がとれる。」ということです。
わたしは、今回、かけ算10点わり算10点列き10点おうよう0点でした。
目標は金賞をとることでした。合計30点でした。
チームたいこうでは、わたしと、KMちゃんと、FMちゃんでした。チームたいこうも、みんなでいっぱい練習したけど、1回目たいせんして、まけました。すごくくやしかったです。
 たいかいが終わって、帰り道、先生が結果をほうこくしてくれました。
そして、先生が「おうようざんだけ0点!とってもおしい!!」といいました。
わたしも、そう思いました。
 そして、サンタさんが23日の夜に来ました。その理由がわかりました。
サンタさんからの手紙には、「全国大会で賞をとってきてね」とかいてありました。
そして、わたしは、サンタさんにブーツをもらいました。
サンタさんの願いは、かなえて、あげられませんでした。とてもざんねんでした。

 こんどの大会こそ!!


   ねーありさちゃんより


揺らぎない姿勢
いつも、練習する姿勢は、揺らぐことなく真剣そのもの。



気持ちを引き締め
気持ちを引き締めて、読上算の練習。



ふしぎやなあ!
しゅうへいくん、
割算が、難しくて、
割算を練習するときには、
ポロポロと目からしずくが流れていました。

でも、しゅへいくんの表情が変わって来ました。
「先生、ふしぎやなあ!
なんか、自分で出来るようになったよ。
なんか、たくさん出来るようになったよ。
なんか、わりざんがむずかしくなくなったよ。」
ポツン、ポツンと言う
【なんか】に
しゅうへいくの喜びがいっぱい含まれています。
さえこ




金子さんの講演

私は52歳の時に、近畿大学通信教育学部に入学しました。そして、金子洋一さんに出会いました。
金子さんは耳が聞こえず、健聴者ばかりの大学でのコミニュケーションは筆談で行っていました。
従って当然、講義の先生の声も聞こえず、金子さんが受講する講義の時は先生が板垣をするよう大学側の配慮がされていました。
私も金子さんと同じ講義を受けるときは、先生の説明を必死で書き取り、家に帰ってからそれをまとめ、メールで送っていました。
けれども、先生の声が聞こえ無いというのは、学習を続けていく上でとても大変ことであったと思います。


その金子さんが近畿大学を卒業と同時に、信州大学大学院工学部に合格し、耳の聞こえない人も学校や大学などで授業が受けられるようにと、講義の内容がパソコンや携帯に文字に表されるようにする研究をされ、それが、信州の地方新聞にも掲載されたとのことです。
昨年の12月16日に、その、金子さんの講演がありました。金子さんが手話で現し、手話通訳の人が読みとって私達に伝えてくれました。


自分自身が大学時代に、学習する上で苦労したことを土台に「身体に障害がある人も気軽に勉強が出来るようにしたい」と、金子さんの強い意志と努力、後に続く人達への熱い思いを感じ頭が下がる思いです。
そして、どんな環境・事情の中でも、「意志あるところに道はある」(Where there is a will, there is a way)ものだと思いました。


さえこ



同じ夢
6・7年ほど前、自転車で淡路島を一周したことがありました。
神戸の自宅から自転車で出かけ明石へ。明石からたこフェリーに乗るのですが、料金所で自転車料金500円を払い乗船券を買って、乗船ゲートで渡すときに、係りの人から「淡路は遠いですよ」と言われましたが、こんなおばちゃんがこんなサイクリング車に乗っているから言うのだろうと、高をくくっていました。


乗船して約20分で淡路の岩屋へ到着。一日で回れるだろうと、特に予定も目的地も決めず、とりあえず岩屋港を出て西側から走り始めました。西側の道路は交通量も少なく道も平坦で、広々とした空、海の色の変化を楽しみながら気持ちよく走っていました。が、北淡町から慶野松原あたりまで走ったところで午後2時を過ぎ、これではどこかに「泊まらなければいけない」と、福良港で宿を探し、暗くなる前にやっと宿泊することができました。翌朝、午前5時に民宿の人が作ってくださっていたオニギリを持って、福良の民宿を出発しました。
東側の道路は大型のトラックが走り交通量も多く、お尻も痛くてお尻を浮かしながら自転車をこぐような状態でした。しかし、


道の駅で、北海道のお母さんを淡路旅行に連れて来てあげていた子供たち家族や、春休みで淡路を歩いて回っている子供たちや大阪の八洲高校のサイクリング部の人たちに会い、話し、その出会いが嬉しかったです。


08年1月9日(水)の神戸新聞朝刊に、 【74歳、自転車に夢中】という伊藤礼さんの記事が掲載されてあり、
私と「同じ夢」を持った方がおられ、その方が74歳で生き生きとし今を生き、チャレンジ精神を持ち続けておられることを読み、[この年では?]と思っていた私の夢がまた膨らみ始めました。
「自転車にテントを積んで寝泊りしながら日本一周」・ゆっくりと各地を回りいろんな人と会いたい。

さえこ


あかねちゃんからもらった、やさしさのお手紙
昨年末のことですが、あかねちゃんが私にかわいいプレゼント付きのお手紙をくださいました。
私が大学を卒業後に実家のある沖縄に帰るというお話をしてのお手紙でした。

あかねちゃんは前から
『あんたがいなくなったら、教室が楽しくなくなるやん!』と話していました。
ぶっきらぼうながらも、あかねちゃんの気持ちにとてもうれしく感じ、泣きそうな気持ちをこらえていました。


お手紙の内容は
『おきなわに行っても、元気でがんばってください。』という励ましや
『みほとあかねのことをわすれないでください。』
『あかねも元気でそろばん段目指してがんばります。』
とあかねちゃんの気持ちが書かれていました。

お手紙にも自分のことだけではなく、みほちゃんのことも考えて書いてくれる優しい子だと
改めて感じました。


一昨年の9月末から教室に行くようになり、子ども達の名前と顔も覚え、
私に声をかけてくれる子も増え始めました。
これから、子ども達の成長を見続けたいと感じていた時です。
気がつけば、もうあと2ヶ月ほどで卒業。
就職のことを考えなければなりません。

子ども達からは
『先生になる試験に合格した?』
『先生が試験に落ちたら、ずっと教室にいてくれる?』
『先生、試験に落ちて!』
と子ども達の気持ちは涙が出るくらいとても嬉しいものでした。

私はこれから教員臨時採用に登録して、4月からは臨時の教員します。
沖縄に戻り、教員になっても叶珠算会の子ども達の笑顔とやさしい気持ちは忘れません。
そして、子ども達の成長を思い浮かべながら、毎日を過ごすことだろうと思います。


あかねちゃん、お手紙本当にありがとう(*´∇`*)
とってもうれしかったよ♪
お返事ちゃんと返すからねo(*^▽^*)o~♪


よこだ


ネズミとそろばんの年賀状
2008-01-01



暗算、準初段合格
平成17年11月25日の全珠連検定試験において、ありさちゃん(小4)暗算、準初段合格



珠算(準初段)・暗算(初段)合格
平成17年11月25日の全珠連検定試験において、

ももかちゃん(小2)珠算(準初段)・暗算(初段)合格



珠算も暗算も初段合格

平成17年11月25日の全珠連検定試験において、
みさきちゃん(小6)珠算・暗算とも初段合格



たくさんのお年賀状・有難うございます
みなさんから沢山の年賀状をいただき、


ミッキーやミニと一緒に写った年賀状は楽しそう。
小さなお姉ちゃんやお兄ちゃんが、妹や弟を抱っこした姿は微笑ましい。
姉は大学合格・妹は今年珠算4段と目標を定め。
絶対5級・4級・3級・3段合格……と目標を決めたお年賀状も沢山。
兄弟揃って羽織袴の凛々しく可愛い姿は、もう、成人式を迎えたかのよう。
暗算3段・フラッシュ6段を目標は、キラキラ輝くように星をちりばめて。
舞台衣装の姿は、素敵なバレリーナ。
10段目標は、年長さん。先ずは10級から。
小2も10段目標。嬉しいねぇ。「千里の道も一歩から」
家族揃ってニッコリ。
私や僕が描いた子の年のネズミやそろばんは、愛らしい。
大きな亀に乗ってピース・亀は千年・鶴は万年で縁起がいい。
「ビシバシ鍛えてください」先ずは自らが率先しようね。
「親子で挑戦」本腰で頑張ろう。
父母への温かいお見舞いも添えてくださり、有り難い。
ネズミにふん装した愛犬と一緒。泣き声はワンでなくチュウ??
「難しい読上算も当ててね」は、やる気満々。
チュウ子・チュウ太朗・チュウ美・チュウ介・チュウ央が並んだ中央に笑顔満開の親子。
「そろばんが大好き!」=「好きこそものの上手なれ」
「競技会が楽しかったです」小さくても、大きな度胸。

等々
有難うございました。

さえこ


暗算初段合格
平成17年11月25日の全珠連検定試験において、たつあきくん(中一)暗算初段合格



可愛い年賀状
りおちゃんの年賀状は、ネズミさんが目を逆ハートにして、ニッコリと笑っていて、思わず私までニッコリしていました。今年はニッコリ笑顔の年になりそう。



お粥の思い出
私は、お粥とは、ご飯を多めのお水で煮るとトロッとした糊のような重湯になり、
柔らかいご飯粒がお茶碗の底に少しだけ残っているものを思います。
子どもの頃、熱がある時や病気の時に、母が作ってくれました。


ご飯茶碗より丸くなっているお汁茶碗にお粥を入れ、
その上には梅干しがチョコンと乗せてあり、
白と赤の色合いが鮮やかで、
それを見ただけで元気になりそうな感じがしました。


お茶碗を両手で包み込むように持ち、口元に近づけると、
あったかいお粥の湯気が、顔をポオーと温かくし、
湯気を浴びながら、フウーフウーと息を吹きかけ重湯を口にいれると、
喉からお腹まで、温かくなりました。
ゆっくりゆっくりと重湯の底の潰れたご飯粒まで頂くと
ジワッ~と汗が出てきて、身体中がポッカポッカになって、
元気になっていくのを感じました。


それは、きっと「早く元気になってね。」と願う母の思いとともに、
私の胸を熱くし、回復を早めてくれたのだと思います。

さえこ




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Author:神戸あんざんアカデミー



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