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いちばん星ブログ
神戸あんざんアカデミーの日常をお届けします。
近所のお年寄りに心を配ろう
昨々日、近所のお年寄りが部屋で倒れており、救急車で病院に運ばれたのですが…。
1週間程前にもお隣のおばあちゃんが転んで頭を怪我し、救急車で病院に運ばれました。


昨今、お年寄りの孤独死や一人住まいのお年寄りの生活が問題となっていますが、
こうした現実が私の近くにも起こっており、何かあるたびに、父母が気になってすぐに見に行きます。すぐ近所に父母は住んでおり、すぐに見に行けることが何より幸いな事だと思います。


部屋で倒れていたおばあちゃんは、文房具店をしており、近くの小中学校の子ども達が文房具を買いに行き、ずっと地域の子ども達を見守って来てくださいました。
最近では、だんだんと家族が少なくなって、お年寄りと触れあう機会の少ない子どもたちが増えてきていますが、私が子どもの頃は、子どもも、隣近所も、みんなが声を掛け合い、あたたかなおつきあいをしてきました。


子ども達は、お年寄りやハンディを持った人など、様々な人とのふれあいを持つことで、相手のことを思ったり、また、お年寄りの様々な智恵や経験を聞くことができます。
おじいちゃん・おばあちゃんは豊かな智恵や経験を持った、私達の「宝」だと思い、なるべくこまめに会いに行ったり、お年寄りの様子に注意を払い、心を配っていきたいものです。
さえこ


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輝く月
真夜中0時上空に登った、お月様、雲に隠れても輝きを放っています。さえこ



阪神大震災前夜の赤い月
28日の皆既月食の時には、赤い月が雲の向こうに現れたとのことです。


「赤い月」と言えば忘れることが出来ません。
今でも鮮明に覚えています、阪神大震災前夜の月、道路をはみ出し、地と天にも着きそうな程に感じられた真っ赤な真っ赤な大きな大きな月。
これほど真っ赤な月・大きな月をそれまでも、それからも見たことがありません。
見上げた空に浮かんでいるのではなく、
真っ赤な真っ赤な・大きな大きな月】が私の目の前に立ちはだかっていました。
美しいとは思えない「何かある!」と感じました。
時間が経っても、その月は、その身が重たくて上空へ登られないのかと思うほど、地の近くにあり、何時までも何時までも私の前に立ちはだかり、私は、その月を何度も見つめました。
その早朝に阪神大震災は起きました。
その後の2・3日も少しだけ小さくなってはいましたが、未だ大きくて赤い月が現れていました。


あれから12年が過ぎたのですが、脳裏に焼き付いた記憶は、
折に触れ鮮明に思い出し、遠い記憶とはなりません。
人々にとって、夜明けの街で起こった出来事を、
神戸の街に現実に起こった事と考えることは難しいことでした。
しかし、その時神戸の人だけでなく全国の人々の心は優しく、
神戸の街は多くの人々の力で復興を遂げました。
これからも「人々に心優しい神戸」であって欲しいと思います。
さえこ


サプライズの手紙
【ももかちゃんとありさちゃんから頂いた、嬉しいお手紙

★叶  先生へ

おたん生日おめでとうございます!
先生は、57才になりましたね。
これからも、よろしくおねがいします。
そろばん大好きです。
根木亜理沙

目標は、とにかく珠算1級をとることです。
(そろばんの絵)
暗算も☆段☆二段三段とがんばていきたいです。★


★かなえ先生へおたんじょう日おめでとうございます。
わたしは、今、バレエがすごくすきです。
そろばんは、ちょっぴりつかれているけど、
りょうほう二段までいけるようにがんばります。
おうえんしてください。
根木萌々花★



数分後のお月様
数分後の お月様の輝きは、まばゆいばかりのダイヤの輝きから、少し落ちつきのある輝きになっていましが、未だ、未だダイヤの輝きを放っています。以前、みつきちゃんとみほしちゃんが「お父さんが、星が大好きだから私達にみつきとみほしと付けたんだよ」と話してくれ、ロマン溢れるお父様の子ども達に対する愛情を感じました。天体のことが好きなみつきちゃんとみほしちゃんのお父様きっと、6年7ヵ月ぶりの皆既月食を楽しみに待っておられ、観察されたのではないかしら。さえこ



皆既月食翌日の輝く月
8月28日、2001年1月以来6年7ヵ月ぶりに、皆既月食が夕刻から20時半ぐらいまで見られると聞いていたので、そろばんの授業をを終えて帰るときに見られると思い楽しみにしていましたが、帰宅途中にはもう見られませんでした。日本で次に皆既月食が見られるのは3年後の2010年12月21日だそうです。
皆既月食は、満月の時に、太陽からの光によってできた地球の影の中を月が通過するときに見られる(月全体が地球の影に入って暗くなる)現象で、太陽・地球・月が一直線上に並び、月を輝かせる太陽光が遮られるために起き、皆既月食中は地球の大気で屈折した赤い太陽光が月に僅かに届き赤銅色に見えます【神戸新聞の記事から】。
私は、昨日、皆既月食は見られませんでしたが、今日、お月様がまん丸でとても美しく輝いていたので、カメラに収めると何カラットものダイヤのように輝いていました。さえこ



子ども達から教わったこと
私にも、若い頃があって、その頃は誕生日って、自分が生まれた日を祝ってもらう日と
思っていました。

年をとる度に、年齢を数えることもなくなって、
「何歳?」と聞かれて「35才…あるいは51才」と何年も同じ年齢を答えていたりしていました。

でも、誕生日は自分が生まれた日…つまり、
この世に私を授けてくれた日、そして、生まれた日からこの歳まで、回りの人達に支えられて生きてくることができた大切な日なのだと、ありさちゃんももかちゃんにお手紙をもらって、この歳になって気付かされました。

「としだ、としだ」なんて言っていたら罰が当たりますね。
何歳になっても、子ども達が生まれたときの、あの晴れやかさ。
私が、息子と娘を生んだ時と同じように、私の母も嬉しかったことでしょう。それも戦中・戦後に大変な思いで育ててくれたことでしょう。
教室に来てくださっている生徒のお母様・お父様も、我が子が生まれた時はどんなにか嬉しかったことでしょう。

今年は、私の誕生日が丁度日曜日で息子夫婦や娘(嫁)のご両親が祝ってくださり、教室では、
思いもがけず、生徒達が祝ってくださったのですが、
実は、私の方が、みなさんのお陰でこの日まで生かされてきたことに、産み育ててくれた親や周りの人に感謝をし、私が皆さんにプレゼントしなくてはならない日だと思いました。

生きたくても生きられない人も大勢います。だから、何歳になっても、一年一日一時(いっとき)を 大切に、いい年齢(とし)の取り方をしていかなくてはいけない、と思いました。

み~んなに、感謝の心を贈らせてくださいね。
さえこ


サプライズ
ももかちゃんとありさちゃんが、授業が終わって「せんせい、ちょっと」と言って呼んでくれました。この前、ゴキブリがいた時にも、私を脅かそうと「先生ちょっと」と子ども達に呼ばれたので、てっきり、またゴキブリが出たのだと思い、「いやだ」と答えてしました。そしたら、ももかちゃんが、お花の花束を持って、両手をピッと伸ばして「せんせい、おめでとう」と、その横でももかちゃんを見守るようにありさちゃんがピッと立って、二人が可愛い笑顔を向けてくれています。「エッ、どうして?」と私。「きょう、おたんじょうびでしょう」と年齢を数えるのも忘れている私に、綺麗な花束に、幼い二人のあったかなお手紙を添えてプレゼントしてくれました。



練習の様子



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